銀座 高橋洋服店

Essay

第19回 フロントボタンの数

2015.09.01

かれこれ20年ほど前に(日本では)久々に目にするようになった三ツボタンが、今でも相変わらず根強い人気を保っています。今回はシングルブレステッドのジャケットの、フロントボタンの数について考えてみたいと思います。

1900年代初頭、従来のウェストラインにシームが入り体幹部分と衣(ころも)に分かれていたスーツの上着(コート)に革命的な変化が起こりました。サックスーツと言うウェストシームの無いデザインが出現したのです。当時のフロントボタンの数は三~四個。フロントカットは直線的で、全てのボタンを掛けて着用するようなデザインでした。

因みに当時既に存在した燕尾服やモーニングコートは、現在の物と殆ど変わらないデザインだったことを考えると、男の礼服が、如何に完成されたスタイルであるかが伺われます。

1902年“シングル二ツ釦”のデザインが最初に登場したと記録にありますが、未だ三~四個釦のスーツが主流だった様です。当時のデザイン・スケッチを見ると、三ツ釦は三ツ掛け、二ツ釦でも当然二ツ掛けと言うのがデザインであり、着用方法でした。

1920年代と30年代のファッションに最も大きな影響を与えたのは当時のイギリス皇太子、後のウィンザー公(エドワード8世)であり、公が好んで着用したスーツのデザインがイングリシュ・ドレープ・スーツと呼ばれイギリスやアメリカで大流行し、この頃から二~三個釦のスーツの一番下の釦は掛けないデザインになったようです。

30年代中期に業者向けに作られたイングリッシュ・ドレープラインの商品説明書には、“シングルの場合は二個釦か三個釦、二個釦の上の釦はウェストラインの位置につけられ掛けられるが、下の釦は掛けない”(エスカイア誌より)と在り、初めて明確に最下位釦を掛けないデザインが登場しています。

私達の記憶に一番鮮明に残っている三ツ釦の流行といえば、1960年代中頃に日本の若者の間で大流行した“アイヴィー スタイル”ではないでしょうか。しかしそれも当時の限られた若者の間での流行でした。その後の流行は次第にラペル(“返り襟”とも言う)幅が広くなり、更に釦の位置、ウェストラインの位置が低くなると共に、若者達の間でさえも長い間二ツ釦全盛が続いていました。しかしその間三ツ釦のデザインがまったく無かったわけではありません。寧ろサヴィルロウ・テーラーやナポリのサルトリアでは主流であったようです。

デザインの分野における最近の世界的な“クラシック ブーム”と相俟って、紳士服においてもトレンドとして三ツ釦が復活し、日本でも若者を中心に人気が高まり、お洒落なミドルエイジにも支持者が漸増し、現在でも根強い人気を保っています。

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