銀座 高橋洋服店

Heritage 高橋洋服店の軌跡

Concept

1.誂える時代から買う時代へ

 戦前は洋服といえば“誂(あつら)える”のがあたりまえの時代でした。“注文洋服店へ出向いて服地を選び、採寸をし、仮縫いされた服を試着した上で、職人が手作業で縫い上げた洋服を着る。”このプロセスを人々は当然のことと受け止めていました。
当時は現在に比べ、背広を必要とするような職業がきわめて限られていたこと、したがって背広を着る人口も少なくマスプロダクションの必要性も乏しかったこと、さらには既製服の品質レベルも極端に低かったこと等が“背広は当然、誂えるもの”と消費者が考えていた主な理由でした。

 しかし戦後、時代は一変しました。経済の高度成長期の到来とともにビジネスマンの数は激増し、膨大な数のビジネスマンが仕事着として背広を着るようになったのです。増え続ける需要を満たすためにはどうしても大量生産の技術が不可欠となります。アメリカから既製服製造の技術が導入され、国内の服飾メーカーが大量生産の技術を確立したことにより品質は向上しました。
ビジネスマンの間で背広はビジネス・ウェアーとして完全に定着し、時代の要求に応えて既製服の製造技術と品質の向上という条件も満たされ、ビジネスマンの多くは背広を百貨店や専門店の店頭で、数多く用意された既製服の中から自分の身体のサイズや好みに近い品物を選んで“買う”ようになったのです。

2.サイズの合った背広ならよいのか

 現在の既製服の大量生産技術によれば、かなりの寸法のヴァラエティーをカヴァーするサイズを作ることが可能です。
自分の寸法に近いサイズの服を選び、あとはズボンのウェストや股下の長さ、上着の袖丈などをアジャストすることによって、一見、身体にフィットしているかのように見える背広を手に入れることが可能です。

 しかし背広というのはそんなに単純なものでしょうか。背広を単なる作業服=消耗品と捉えるならばそれでもいいのかもしれません。
日本のビジネスマンは年間200日以上ビジネス・スーツを着ているといわれています。1年の6割近くの日々を、ただの作業服を着ているだけで過ごすのでは、あまりにも毎日の生活が寂しくありませんか。ビジネス・ウェアーという限られた条件の中で、何かを主張、発信できないだろうか。限られた条件の中でも、なんとかお洒落を楽しむことはできないだろうか、と考える方はたくさんいらっしゃるはずです。確かに最近では既製服でもそれなりにお洒落をして自己主張をし、情報を発信することは可能になってきたと思います。

 しかしあくまで既製服は既製服です。すでにできあがっている服の中から、自分のサイズ、好みに近いものを探すという事実に変わりはありません。
すでにできあがってしまっているものに自分の好みをあわせるのではなく、自分の好みのものを誂え、自分の意思を主張する。それが本来の姿ではないでしょうか。

3.注文服の味は心の満足感

 “着心地がよく、自分の個性、好み、体型にぴったりあった仕立のよい服を着る”。ここに注文服の本当の妙味があります。本物の注文服は、地味で目だたない中にもきらりと光る何かがしっかりと自己主張をしてくれます。また、“本物を着ているんだ”という満足感は、決して既製服では味わうことのできない付加価値です。

 昨今は郊外型の大規模な量販店やスーパーが、超低価格の既製服を販売しています。背広をただ単に作業服、消耗品として捉え、着られればいい、という程度に考えるのであれば、一着3〜4万円も払えば、そこそこのものが手に入るでしょう。
一方では高額既製服、直輸入の有名デザイナー・ブランドの既製服もあります。価格は20〜30万円と高級注文服程のものも珍しくありません。しかしこの両者の間に基本的な違いはありません。ともに個々のデータに基づいて作られたものではなく、いずれもマスから得た平均値に基づいて作られた服なのです。そこには製作者の作品に対する愛情もなければ、職人が個々のお客様のために丹精込めて縫い上げるという心もありません。3万円であろうと30万円であろうとしょせん既製服は既製服、お客様お一人お一人のために、一針一針丹精込めて縫い上げる注文服とは、基本的なコンセプトがまったく違うものなのです。
もしこの二つの既製服に違いがあるとすれば、一方はノンブランドで素材は廉価なもの、もう一方は有名ブランドで素材も高級服地、だから片方は低価格でもう片方は高価格。ただ価格の違いだけなのです。

4.注文服の価格は技術料、安心料そして満足料

 私共では背広をただの消耗品と考えている現在の既製服業界のありかたには大きな疑問を抱いています。確かに価格の面では注文服より既製服の方がはるかに安いのは事実です。今、背広をお召しになる方々の中で、一着20〜30万円する注文服を愛用してくださる方がどれほどいらっしゃるか。それはごく限られた方々だけだと思います。しかし日常のビジネス・シーンにおいて、あるいは人生の節目となるような大切な時において、服装がきわめて大切な役割を果たしていることは万人が認めるところです。“人は見かけで判断するべきではない”と言いますが、他人と接する場合の第一印象はきわめて大切であり、その中で服装が重要な役割を果たしていることは言うまでもありません。トップ・ファッションに身を包むことが相手の印象にプラスに働くとは思えませんし、いくらオーソドックスな服装といえども、ありきたりの量販店の既製服で間に合わせていたのでは、先方が好印象を持つとは思えません。他人に好印象を与える服装とは、オーソドックスな装いの中にも着る人の人となりを伝えることができるような服装。たとえ新品ではなくても、身体に自然にフィットして着心地がよさそうで、手入れの行き届いた仕立のいい服を大切に着ている。こんな服装のことではないでしょうか。

 私共は背広を単なる消耗品とは考えておりません。技術者の目で選りすぐった服地の中からお好みの服地をお選びいただき、採寸〜型紙作り〜仮縫い〜ご試着〜補正〜本縫い〜検品、そして最後の納品に至るすべての過程において、背広に対する徹底的なこだわりを持つ技術者達による妥協を許さない作業を加え、既製服とはまったく違ったコンセプトを持つ耐久消費財を作り上げます。“背広に対するお客様の満足度を、常に最高のレベルで維持したい”これが私共の願いです。一着20〜30万円という価格は、そのような満足感を得ていただくための技術料であり、お客様にとっては安心料、満足料とお考えいただきたいのです。

5.いいものを長く愛用する

 人それぞれの価値観は違います。一着5〜6万円の既製服を“使い捨て”と割り切ってシーズンごとに数多く購入する。そうすれば常に新品、トップ・ファッションに身を包むことができるかも知れません。しかし新品であったり、トップ・ファッションに身を包むことがそれほど大切なことでしょうか。購入価格が安い洋服は、取り扱いもそれなりになってしまい、結局は長持ちしなくなるでしょう。確かに最初は大きな投資になっても、大切に取り扱えば価格以上に長持ちするのが注文服です。

 仮に毎年30万円を背広に投資をするとします。Aさんは毎年5〜6万円で最新の背広を5着づつ購入して使い捨てにします。ですから常に新品、しかもいつも最新のデザインの背広を着ています。Bさんは1年に1着だけ30万円の注文服をオーダーして、手入れをしながら10年以上大切に着ることにしています。10年後を考えた時、Aさんの手元には6万円の背広が5着あるだけですが、Bさんの手元には30万円の背広が10着残ります。6万円の背広はたとえ新品であっても、しょせんは6万円。一方30万円の背広は10年経っても本物の洋服としての価値と満足感を堪能していただけるはずです。人それぞれの価値観の問題ですので、どちらが正しいのか、ということではありませんが、どちらが豊かな気持ちになれるのでしょうか。

 日本の民族衣装である和服では、本物は仕立て直して親から子へ、子から孫へと譲り伝えられる文化がありました。洋服もかつては父親の背広を仕立て直して、成人した息子へ譲った時代がありました。これはすべて本物だからできたことで、既製服では決してできないことなのです。

エコ、エシカル、LOHASといったような言葉が盛んに聞かれる今日、“消費は美徳”の時代は完全に幕を閉じました。ファッションの本場ヨーロッパでは、ファスト・ファッション業界に陰りさえ見え始めています。健康を阻害しかねないような化学繊維を多用し、安価な労働力を利用した大量生産の衣料をきわめて短いサイクルで更新し続ける産業は、大量の流行遅れ品を廃棄するために、ごみを増やし続ける結果になるということからです。これでは技術の伝承も文化の継承も望めません。心ある消費者が離れてゆくのも無理からぬことでしょう。

 私共が作る洋服は正にこれと対極にあると申せましょう。男性のお洒落はファッションであってはならないと考えています。厳選された天然素材を使用し、伝承の技術を習得した職人達が一針一針丹精込めて縫い上げた本物の洋服は、デザイナー・ブランドの洋服のように時代とともに現れては消えてしまう泡のようにはかない存在ではありません。時代の移り変わりに影響されることなく、自分自身をしっかりと表現するための“スタイル”を確立するツールなのです。そして、ご寸法直しをはじめとした各種のメインテナンス次第では10年、15年のご着用に耐えうる、まさにエコ、LOHASそのものと呼ぶにふさわしいものなのです。

 個性化、多様化が一段と進む世の中で“もの”は溢れかえっていました。しかし今、時代は“無駄”を排除する方向へと進み始めています。“よいものを長く愛用する時代”、“本物が見直される時代”へとシフトが始まっていると感じています。私共は、そのような時代のニーズにお応えすべく、“本物の洋服作り”にこだわり続けております。

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