銀座 高橋洋服店

Essay

第21回 リクルートスーツに物申す

2015.10.19

毎年4月後半になると、街中に研修中の新入社員諸氏の集団が目につくようになります。また給料日直後の週末ともなれば、巷の居酒屋では、それぞれバラバラの会社に就職した学生時代の友人達の呑み会をしばしば目にすることになります。

彼らの服装を見ると、男女とも判で押したように黒いスーツに身を包み、黒のナイロン製の肩掛けビジネス・バッグといういでたちで、昼間は黒い塊、夜はさしずめお通夜がえりの集団といった風情です。いつから新人たちの洋服はこんなに真っ黒になってしまったのでしょうか。

情報誌によれば、2001年頃から黒いスーツが目につくようになり、2003年にはほとんどの就職活動の学生諸君が黒を着るようになってしまった、とあります。では何故就職活動に黒いスーツを着るのでしょうか。

紳士服の世界では一般的に、景気が悪くなると黒っぽい色に人気が集まると言われていますが、この2001年から2003年という時期は就職氷河期といわれた1993年から2005年の後半に一致しています。就職活動をする学生諸君が、服装で就職を棒に振るリスクを回避するために、極めて無難な無地、しかも一番没個性で目立たない黒を選んだのではないかと想像できます。黒ならば、面接の担当者が服装でマイナス点をつけるリスクがなくなる、というわけです。しかし果たして面接に臨むにあたって“黒のスーツ”が正しい服装なのでしょうか?私にはそうとは思えないのです。黒はビジネス・スーツとしては正しくありません。“黒は不祝儀の色”です。例えば王室、宮中では、礼服である燕尾服やディナー・スーツ、或いはモーニング・スーツを除いては、黒という色は使えません。女性の一級礼装である黒留袖ですら着用することはできません。色留袖あるいは五つ紋の訪問着を着用するしきたりになっています。

ことほど左様に、黒はビジネスに相応しくないにも拘らず、面接に黒が使われるのは、なぜでしょうか?すべては採用担当者の洋服に対する無知が原因だと考えられます。彼ら大人が、“正しいスーツとはなんぞや”ということを知らないために、ただ目立たない、全員が没個性の“黒いリクルートスーツ”を着るという、悲劇が起こってしまうのです。他の色のスーツやストライプのスーツを着て面接に臨む学生諸君に対して“こいつは、変わった背広を着ている。お洒落をしている”と言ってマイナス評価を与える面接官こそ、“正しい服装とはなにか”ということを学習していない、欠陥上司だと言えましょう。世のビジネスマン諸氏は、もう少し自らの服装について学習していただきたいと思います。“男子たる者弊衣破帽がモットー”といった、旧制高等学校の学生的な発想では、世界を飛び回る一流ビジネスマンにはなれないのではないでしょうか。

世界中の番組をテレビで見られる昨今ですが、海外のニュース番組のアンカーマンの服装が、あまりにもオーソドックスなのに驚かせられます。

一方日本のテレビのアナウンサーやキャスター諸氏の服装が、余りにもカジュアル、流行に押し流されているのに唖然とするばかりです。カジュアルなオケイジョンに着るならなんら問題ない服装であっても、視聴者を前にしてニュースを読んだり、解説をしたりするときに、“その恰好はないだろう”と言う服装が氾濫していると思うのは、私だけでしょうか。もう少しオーセンチックな服装をしてもらいたいと思います。

また最近テレビの若手アナウンサーやキャスターが、上衣の最下位ボタンまで掛けているのをしばしば見かけます。どう見てもすべてのボタンを掛けるようなフロント・デザインには見えない上衣なのにです。

よく知っている青年が就職して、新人研修でやはり講師に“前のボタンは全部掛けるように”と言われたそうです。フロントカットのデザインにもよりますが、オーセンチックなスーツでは、20世紀初頭から、最下位ボタンは掛けないデザインになっています。

そして上衣のボタンは立った時は掛ける、座ったら外すのが正しい着装法です。

大人が若者に正しい洋服、正しい着装法を教えてやれない国になってしまったと思うと、悲しくなります

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