銀座 高橋洋服店

Essay

第22回 型紙

2015.11.10

私共では採寸したデータをもとに、お客様お一人お一人の型紙を製図することから洋服作りが始まります。
型紙には細かい仕様、お好み等が書き込まれようやく裁断の準備ができ上ります。服地に型紙を乗せチョークでマークして裁断されたパーツは仮縫いされ、お客さまにご試着していただきます。具合の悪いところを補正し、型紙を修正します。バラバラにされて、アイロンで平らに伸ばされたパーツに、修正された型紙を置いて再びチョークでマークして、ようやく本縫いの準備が完了します。でき上った洋服をお納めする時にもう一度できばえをチェックし、気がついたことを型紙にメモしたり、型紙に修正を加えたりしておきます。こうすることによって次回の洋服の品質がさらに向上することになるのです。そして補正された型紙は、もちろんそのまま使えるわけではありませんが、最低でも20年間は保管して、次のご用命の時の参考に致します。

これは今も昔も少しも変わりません。職住接近の環境の中で育った私は、父の仕事場によく顔を出しました。従って高橋洋服店の仕事の中で、“型紙起こし”がいかに大きなウェイトを占めているか、おぼろげながらも理解していたように思います。ですから洋服の専門学校に通うようになって、「これからのテーラーはお客様お一人お一人のために、必ず型紙を作るようにしましょう。直裁(じかだち)はしないように」といわれた時は、最初は何のことなのか理解できませんでした。しばらくしてようやく“ほとんどの洋服店では、採寸したデータを元に、型紙は作らずに服地に直接チョークで製図をして裁断してしまう”ことが判りました。この方法で洋服を作ると、前回納品した洋服の製図に加えた補正が記録として残らないため、“この前と同じ洋服”ができません。ですから毎回毎回違う洋服になってしまい、“いつ注文しても着心地が違う洋服”ができあがることになります。どうも日本のほとんどの洋服店では、昔も今もこのようなやり方が主流のようです。

洋服店によっては、仮縫いで補正を加えた服地から紙に転写して記録にとどめ、次回からの型紙として利用しているお店もあるよう聞いていますが、やはり動きのある服地からの転写では、必ずしも正確とは言えないと思います。

洋服発祥の地、ロンドンの場合も私が知る限りではやはり型紙は作りません。英国のテーラーには“ブロック・パターン”と呼ばれる大小様々な寸法の基準となる型紙があり、お客様の寸法に一番近い寸法のものを取り出してきて、それを生地の上に置き、データに沿った補正を生地上で加え裁断するのが一般的なようです。したがって補正のデータは数字や言葉のメモとしては残りますが、完成された型紙としては残りません。ですから矢張り毎回違う洋服が出来上ってしまうのは防ぎようがないようです。

私が訪問したイタリアのサルトリアでもほぼすべての店が直裁でした。一部の店では仮縫い補正後の生地から転写によって型紙を残しているところがありましたが、「体型は常に同じではない。また生地の厚さも性質も一着ごとに違うから、そのつど素材に合った裁断をしなければならないから、型紙は必要ない」というのが彼らの考え方のようです。

立体裁断といって、布をモデルの体に沿わせながらデザインを決めたり、補正を加えてゆく方法も確かにあるのですが、それは毎回デザインが違い、ドレープを出したりプリーツを摘んだりする婦人服のものであって、男の背広向きではないように思います。

もちろん服地の性質や、厚さによって着心地は違ってきます。ですからいつも型紙通りで済むものではありませんが、同じような厚さ、同じような品質の生地を使用して、“前回通りに仮縫いなし”でお納めできないようでは、注文洋服屋失格と言わざるを得ないと思います。

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