第9回 クールビズを考える2

高橋翔がお世話になっていたローマのサルト:ルイージ・ガッロ氏のサルトリアはローマの官庁街 VIA FLAVIA 112 にあります。ここは駐イタリア日本大使館から歩いて5分ほどのところで、周囲はいわゆるホワイトカラーが沢山働いている地域です。もちろん観光客の姿を見ることは稀ですし、高級ブティックが軒を連ねているようなところでもありません。ネイティヴ・イタリアンのエリート達の職場が密集している地域とお考えいただければいいでしょう。

ガッロ氏を訪ねる度に感じることは、“イタリアのエリート達の服装が思った以上に地味でシックである”ということです。つまりこの地域では、日本のファッション情報誌に載っているような“ちょい悪オヤジ”にはお目に掛れない、ということです。ネイヴィー・ブルーやチャコール・グレイの無地やクラシックな柄物で、中には(私達洋服屋が見れば)見るからに注文服と分かるような仕立の服を着ている人達にたびたび出会います。

昨年の夏ガッロ氏を訪問した時は連日37℃、38℃という猛暑が続いていましたが、その中でも彼らはきちんとネクタイを締めスーツに身を包んでいました。ローマのオフィスはいまだにクーラーの普及率は日本とは比べものにならないくらい低いにもかかわらず、彼らには“クールビズ”などという発想は全くありません。

その理由をガッロ氏はこう説明してくれました。「イタリアでもスーツを着用する人の比率はどんどん下がっている。スーツを着なくてもいい職業の人々は全くスーツを着なくなってしまった。但し、スーツを着なければならない立場の人達は、その職業に就き、その地位に居ることに大きな誇りを持っている。どのような時でもスーツを着ることで、自らの地位の象徴にしているし、仕立の良い上質なスーツを着ることに誇りを感じている。だから注文服業界でもそのような人達を顧客に持っているサルトリアは、仕事がなくなることは無い」

翻って日本の場合を考えてみると、このような時代になってしまった以上クールビズ以外の季節でも「もうスーツなんか着ていなくってもいいンじゃないか」という職業の人々までが、未だ一応はスーツ――らしき形はしているものの、果たしてスーツと呼んでいいかどうかは疑問なもの――を着ています。逆にいくらクールビズだからといって「貴方の職業と立場でネクタイ、上着なしは、ちょっと問題じゃないですか」という人達がスーツを平気で放棄しています。しかも上着を着てネクタイを締めていても、暑くもなんともないところであっても、ルールとしての“クールビズ”が強制されているのは、絶対におかしいと言わざるを得ません。

かつてある会社で、上司を役職名で呼ぶ習慣を廃止して、たとえ社長であっても専務であっても、「〇〇さん」「△△さん」と呼ぶようにすることになった時、「長」になったばかりで「××長」と呼ばれることだけを生き甲斐にしてきた下級管理職氏達が大反対をした、という話を聞いたことがあります。事ほど左様に日本人は社会における“地位”に執着しているのですから、誤解を恐れず敢えて提案させていただくとしたら、「中間管理職以上の者だけに、スーツの着用を認める。それ以下の者は、スーツの着用まかりならん」という制度を作ってみたらいかがなもんでしょうか。「あの人スーツを着ているからエライ人だ」と一目瞭然になるわけです。これで日本人の服装文化は、格段に向上すること間違いなしだと思います。

 

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