第32回 ビスポーク ブーム(前編)

世はまさにビスポークブームです。スーツは勿論、シャツ、手袋、カバン、かつては99%既製品と言われていた靴も、オーダー靴が復活しています。一説によれば、こだわりを持つ消費者が増えたこと、ともいわれていますが決してそれだけではないのです。大上段に構えれば、地球温暖化を防ぐための一助として、大量生産 大量消費挙句の果てに大量廃棄に繋がる大量に作って売れるのを待つ、売れ残ったものは廃棄する、という既製品ビジネスをあらゆる面で見直そう、という社会的なムーブメントの一つなのです。
その顕著な一例がアパレルビジネスです。1990年代には国内で12億点余りの製品数に対して、96%が消費されていました。それが2019年には製品数は29億点余りに膨れ上がりながら、その消化率は僅か47%まで落ち込んでしまいました。90年代の総製品数より多い物が売れ残ってしまった計算になります。これが無駄でなくて何だというのでしょうか。この無駄を焼却廃棄することが、地球環境に悪影響を与えていることは明らかです。ちなみに90年代の国産品の割合は50%、2019年では僅か3%です。(経済産業省統計より)安価な輸入品が増えて商品の平均価格は60%程度まで下落しています。これでは企業の業績を圧迫しないはずはありません。無駄の多い既製品ビジネスから、受注生産に転換しているもう一つの要因だと考えられます。
スーツ・ジャケット・トラウザーズ・コート等のいわゆる重衣料といわれる製品分野でも、既製品を見る限り多かれ少なかれ無駄が発生し、メーカーの大きな負担となっています。大手アパレルメーカが大きな会場を貸し切って開催するバーゲンセールの頻度そして値引き率をみると、正価で物を購入するのがばかばかしくなります。
そこでメーカーが注目したのが受注生産;ビスポークなのです。消費者が注文したものだけを生産するのなら、売れ残って在庫を抱える心配をする必要は一切ありません。さらに在庫の廃棄という究極の無駄を回避できるわけです。

かつては身の回りにあるもののほとんどは注文生産でした。今風に言えばオーダーつまりビスポークだったのです。例えば建築の場合を考えても、職人技で作られた膨大なオーダーアイテムの集積だったと言えましょう。私は建築の専門家ではありませんので、詳しいことは分かりません。しかしお叱りを受けることを覚悟で思いつくままに書かせていただければ、現在のように、出来上がっているパーツを組み立てて作る、プレハブとかユニットとか言われるものとは根本的に違う、職人が一から作り上げる完全なオーダーメードだったと思います。今だって職人さんが組み上げて建物ができることに変わりはありません。もちろん現代の大工さんだって立派な職人だと思っています。しかし私が子供の頃に経験した、壁を塗る左官屋さんや畳表を張り替える畳職人さん、障子や襖を張り替える経師屋さんのような職人さんを見ることは稀有になってしまいました。もちろん生活様式が変わり、需要が少なくなってしまったからということが原因の一つであることは間違いありませんが、需要は確実に有るはずです。伊勢神宮が20年に1回、遷宮をして全く新しい施設に作り替えるのは、確かに莫大な無駄と言われるかも知れません。しかしこの作業には宮大工の技術を絶やさないためという大切な目的があると聞いたことがあります。

最近の受注生産という言葉の影には何か生産者側の損得勘定だけで行われている、言葉のトリックが見え隠れしているように思えてなりません。本物の技術、本物の職人技は確かに高くつきます。技術習得に何年も、いや場合によっては何十年も掛かる(私は個人的には技術習得に終わりはないと思っていますが)職人の技術というのは、AIやロボットでは代替がきかないものです。だから高価になるのは当然です。たとえ受注生産であっても、機械が作ったパーツをただ人の手で組み上げただけのものを、オーダー、ビスポークと呼ぶことに、些か抵抗を感じてしまいます。
彫刻でも絵画でも、機械やロボットによって正確無比にさえできていればいいというものではないと思います。人の手によって作られたある種のディストーションがあって初めて温もりが感じられるのではないでしょうか。
何とか職人技を守り続ける社会であって欲しいと思っています。

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