第29回 ウェストコート

数年前にモード系ブランドでウェストコートをチラホラ目にするようになったかと思うと、瞬く間にテレビに登場するタレントさん達の間に広まり、今では季節に関係なくスーツはスリーピース、ジャケット&トラウザーズのセットアップ・スタイルにはオッド・ヴェストが人気の装いになってしまったようです。

そこで今回はウェストコート(英語:WESTCOAT)、フランス語でジレー(GILET)、米語でヴェスト(VEST)、日本語ではチョッキと呼ばれる衣服について少し考えたいと思います。

そもそもウェストコートとは何ぞや、そしてその起源は何処にあるのでしょうか?

現在の男性の背広三つ揃えの起源は、1666年チャールズ2世による「衣服改革宣言」であるというのは、専門家の間では定説になっています。この宣言によってはじめて、シャツ、ヴェスト、ジャケット、ズボン、ネクタイがセットになって着用されて、現在の三つ揃えの原型が生まれました。(詳しくは拙著『「黒」は日本の常識 世界の非常識』をご参照ください。)この時登場したヴェストの前身と言われる衣服は、前身頃こそ刺繍が施されて豪華に見えましたが、袖・背中はツルツルした滑りの良い安価な素材でできているコートと呼ばれるもので、時を経て袖がなくなり丈が短くなって、ジャケットの下に着られるようになったと言われています。

ズボンの股上が浅くなりベルトでウェスト位置に止められるようになったのは20世紀に入ってからではないでしょうか。それまでは全てのズボンはブレイシーズ(英語。米語:サスペンダー)で肩から吊り下げられていましたが、ウェストコートはこのブレイシーズを隠すために着用されていました。ブレイシーズは女性の靴下止め:ガーターベルト同様下着の一種であって、人目に付かないようにすべきものだったのです。

このようにウェストコートは、季節に関係なくスーツにはつきものであり、背広は必ず三つ揃えで着られていました。そのウェストコートが姿を消したのは、英国が第二次世界大戦中に発令した節約令によるものでした。服地の節約の為ウェストコートを作ることを禁止しました。また既製服では、上衣丈を短く設定させられたという話も聞きました。ここに背広上下が初めて登場したのです。

第二次世界大戦が終わり、世界経済の回復にともない背広は上下でも三つ揃えでも、お好みで選ばれるようになりましたが、弊社でも1960年代までは夏服以外は、特に年配のお客様は三つ揃えのご用命が多かったように思います。比較的若いお客様には戦後定着してしまった上下の方が軽快な感じがして人気があったようです。

ウェストコートのフロントの釦の数は、デザインによって7個だったり4個だったりの場合もありますが、5個ないし6個が一般的とされています。その前釦の一番下の釦を掛けるか掛けないかがしばしば議論されるのはご存知のことと思います。

一番下の釦を外す着装法の起源にはいろいろな説があります。かつてヴェストが誕生した頃は膝丈だったため、一番下の釦を外さないと歩き難かった。その時代の名残という説。ウェスト丈になった時代に、当時のファッションのトレンドセッターとして名高いエドワード7世が一番下の釦をかけ忘れてしまったのを見て、周りの者が真似をしたという説。はたまたエドワード7世が太り過ぎて一番下の釦が苦しくて掛けられなくなったのが、流行として定着してしまったという説など。どれもこれも決定的なものではないようです。

ちなみに弊社ではお客様のお好みとバランスによってフロント釦の数を5個或いは6個にしていますが、5個の場合は全ての釦を掛ける式に、6個の場合は一番下の釦は掛けない設定のディテールになっています。

最近のタレント諸氏が着ているウェストコートや、既製服のショップで販売されている三つ揃えスーツを見ていてどうしても気になることがあります。それはウェストコートの裾から、ズボンのバックルやベルトが見えてしまっていることです。ウェストコートの裾からはバックルやベルトが見えてはいけないものなのです。胴長に見えて見苦しいですからウェストコートの丈は、できるだけ長くしたくありません。そのために弊社では三つ揃えのスーツの場合、ズボンの股上を普通より深く設定して、ブレイシーズを使用する仕様にしたり、ベルトを使用しないベルトレス仕立にしたりすることもあります。最近のようにロウライズ(股上が浅い仕様)のズボンにウェストコートを着用すると、ベルトを隠すためには極端にウェストコートの丈を長くしなければならないので、ロウライズのズボンでの三つ揃えは不向きと言えましょう。股上はローライズ仕様のまま、流行だからという理由でウェストコートだけを追加してしまうというところに無理が生じるわけです。物事はすべからくバランスが大切なのです。

 

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