第25回 パッカリング

いよいよ梅雨入りも間近に迫ってまいりました。私達洋服屋にとって湿気は天敵です。
ですから梅雨のシーズンは大変に頭が痛い時期なのです。

日本人にとって障子は大変身近な存在です。最近でこそ欧米風の建築物が多くなってしまい、生まれ育った環境に畳も襖も障子もなかった、という若い方も多くなってしまいましたが、建物の外観は欧米風でも中に入ればどこかに畳や障子がないと落ち着けない、と思っていらっしゃる方も、まだまだ多いのではないでしょうか。

そんな日本人にとって、梅雨時になれば障子がブクブクしてくるのは当然のことで、特に珍しいことでも、不愉快なことでもありません。雨が上がって天気になって空気が乾燥して来れば当然元通りになるのは、誰に教わらなくても経験上理解し納得しています。まして経師屋さんに「貼り方が悪い」などと無粋なクレームをつけることはありえません。自分の無知をさらけ出すようなものですから。

障子がブクブクしてくるのは障子紙の繊維が空気中の水分を含んで一時伸びるからなので、乾燥すれば縮んで元に戻ってピンとなります。この性質を応用したのが、障子紙を貼る時に霧を吹いて湿らすという作業です。

小学校の時に理科の実験で、髪の毛を使って乾湿計を作った経験をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。人間の髪の毛は、湿気の多い時には長くなり、乾燥している時は短くなります。この性質を利用して、空気が乾いている時は針が上を向き、湿度の高い時は針が下を向く、という簡単な乾湿計ができあがります。

人間の髪の毛も、服地の原料である羊の毛も、基本的な性質は同じで、乾燥している時は縮んで短くなり、湿気を帯びてしまった時は伸びて長くなります。障子は乾燥している時はピシッとしていますが、湿気を帯びるとブクブクに成る、とはじめに書きましたが、それと同じような現象が洋服に発生します。湿度の少ない時はナントモナイのに、湿度が高かったり、雨に当たったりすると、洋服がブクブクしてくる、という経験をどなたもお持ちのことと思います。この現象は羊毛には湿気を帯びると伸びる、そして乾燥すると短くなる、という障子の紙の繊維と同じような性格があるからなので、特に他の素材(主に絹ですが)で長さが狂わないように縫われてしまっている縫い目付近にブクブクが顕著だと思います。このブクブクを“パッカリング”と呼びます。私達日本人は「梅雨時に障子はブクブクになって当然」と歴史的に理解しているので、誰も経師屋さんに「障子の張り方が悪い」と苦情は言わないと思いますが、全く同じような事情でパッカリングが発生した洋服には「仕立てが悪い」と仕立屋にクレームが舞い込んできます。もちろん100%仕立てに責任がないとは言い切れませんが、たいていの場合はお手入れによってピシっと元のように戻ります。洋服のお仕立ては、縫い糸、中に入っている芯、平らな生地をアイロンワーク(私たちは“クセ取り”と言います)で丸みを持たせるなど、複雑な要素が絡み合って成り立っていますので、障子のように放っておけばそのうちピシっと元通りになる、というわけには行きません。しかし適切なプレスを施してやれば、たいていの場合は新品同様に戻るものです。

この湿気による服地のディストーション:変化は、スーパー値の高い服地ほど顕著で、ちょっとした空気中の湿気の変化や、発汗によって大きく変化してしまうため、仕立て職人泣かせです。縫い糸や芯を工夫して極力パッカリングの発生を防ぐ努力をして居りますが、前回の“その23”にも書かせて頂きましたが、高価な服地になればなるほど、何よりも大切なのは日々のお手入れだと申せましょう。

極端にスーパー値が高い服地をご希望になる場合、ある程度のパッカリングや皺は、服地の特徴とお考えいただくのがよろしいのではないでしょうか。それがどうしてもお嫌な場合は、服地の狂いをある程度防ぐために、それとて完璧ではありませんが、服地に接着芯を貼らざるを得ませんが、せっかくの風合いを損ねることを予めご理解いただかなくてはなりません。

ある程度のパッカリングや皺を服地の特徴と理解して、肌触りや風合いをお楽しみになるか、せっかくの風合いや肌触りを犠牲にしてパッカリングや皺をできる限り防ぐために接着芯を使うのか、お客様のお考え次第です。

 

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