第20回 二つボタン派 三つボタン派

現在のようにメンズ・ファッション・デザイナー等というビジネズが存在しない時代に、スタイルのトレンド・セッターとして、ウィンザー公(エドワード8世)程大きな役割を果たした人物は居ないと思います。その公が好んでお召しになった“イングリッシュ・ドレープ・ライン”が登場して初めて“二ツ釦或いは三ツ釦の一番下の釦は掛けない”デザインが出現しました。それまではフロント釦は総べて掛けるものであったのに、以来現在に至るまで、普通の上着では最下位釦は掛けない設定が、完全に定着しています。

それ以前は4ツ釦の上着も普通に着られていたのですが、どうもこの頃を境にシングルジャケットのフロント釦は二個ないし三個に定着したようです。外国のスタイルブックのバックナンバーを見てみると、常に2ツ釦と3ツ釦が同時に描かれているのに、日本ではある種の流行を除いて、第二次世界大戦後かなりの長期間に亘って、ほとんどすべてのシングルブレステッド・ジャケットは2ツ釦でした。

ある種の例外的流行とは、1960年代に大ブレイクした“アイヴィー・スタイル”です。“三ツ釦段返り”の上着はお洒落な若者達の制服でした。

かつてはアメリカ東海岸のエリート・ビジネスマンのユニフォームであったブルックス・ ブラザーズの“ナンバーワン・サックスーツ”が、1950年代中頃アイヴィー・リーガーズ以外にも着用されるようになりました。それを日本に持ち帰った石津謙介氏によって、日本の若者の間に大ブームが巻き起こされたことは、広く知られるところでしょう。あれが日本の男性の服装に、本格的な“ファッション”と言う概念が取り入れられた最初の経験だったといえましょう。

時をほぼ同じくしてアメリカでは、イタリアン・モデルにアイディアを借り、背が高く手足が長いアメリカ人用にデフォルメされた“コンチネンタル・モデル”が登場し、3ツ釦のアイヴィー・モデルと2ツ釦のコンチネンタル・モデルがアメリカン・ファッションをリードすることになったのでした。

60年代の始め、ブルックス・ブラザーズが2ツ釦を発表し、時のアメリカ大統領ジョン・F・ケネディが愛用したことで、アメリカでは完全に2ツ釦が主流になってしまったようです。

全てに於いて、アメリカがお手本であった日本で、2ツ釦がスーツ或いはジャケットの主流であり続けた理由を、このあたりに求めるのは間違いではないように思います。

2ツ釦のジャケットは3ツ釦に比べ、Vゾーンが深く、ワイシャツの胸を大きく露出するので、着用者の胸幅をより大きくみせ、さらに着用者の頭部を相対的に小さくみせるのが特徴です。西欧人に比べ身長が低く、体幹部が貧弱で相対的に顔が大きい日本人には、3ツ釦より2ツ釦の方が相応しいといえましょう。しかし3ツ釦といっても、第一釦の位置をやや低目に設定するなどで、バランスに変化を持たせる工夫次第で、どのような体形の方にもお召しになっていただけるはずです。

ビスポークの服は、流行に左右されずにお客様の体型をカバーする工夫が随所に施されている点が、既製服との大きな違いなのです。

 

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