第16回 どちらがフォーマル?どちらがカジュアル?

洋服はちょっとしたディテールの違いで、よりフォーマルになったり、よりカジュアルになったりする場合があります。今回はそんなちょっとしたディテールの違いを考えてみたいと思います。最初にシングルブレステッドとダブルブレステッドについてです。

俗に、シングルとかダブルとか言っている、上衣の前合わせのことです。洋服屋は片前とか両前とかいうことがあります。ここにもフォーマル、カジュアルの違いはあるのでしょうか。

拙著『「黒」は日本の常識、世界の非常識』の中でも触れていますが、もうずいぶん昔の話になりますが、銀座のある有名な洋服店のご主人がご親類の葬儀に参列されるために故郷に帰られました。その方はシングルブレステッドのブラックスーツで通夜に参列されたところ、親戚のご長老の方に“洋服屋のくせに、身内の葬儀にあんな略式な服装で参列するとはなにごとだ。なぜちゃんとダブルを着てこないのか”とひどく叱られてしまった、と苦笑しておられました。このように、日本では戦後のある時期からダブルブレステッドが正式、シングルブレステッドは略式と思い込まれてきましたが、これは日本だけの不思議な現象で、洋服民族の国々では決してこのように考えられているわけではありません。

そもそもダブルブレスレッドとは、船乗りが甲板でウオッチに立った時、左から風が吹いているときは右身頃を手前にした前合わせで、右から風が吹いているときは左身頃を手前にした前合わせで着用して、風がボタンの間からコートの中へ入ってこないようにという工夫から生まれたものなのです。ですから、起源を考えればダブルブレステッドは、どちらかと言えば実用的な作業服から生まれたもので、むしろカジュアルなディテールと言って差支えありません。

それをいつどう間違えて日本では、シングルブレステッドよりダブルブレステッドの方がフォーマルだと信じ込まれてしまったのでしょうか。

ことの発端は、終戦直後に進駐軍のオフィサーのダブルブレステッドの軍服を見たある既製服メーカーの社長が、“あれは威厳があっていい。黒の略礼服にあのデザインを取り入れることにしよう”と思いつかれたのが始まりなのです。そのメーカーさんですら現在はシングルブレステッドのブラックスーツの普及に努めていらっしゃいます。

さて蛇足になりますが、前述の出典ででもお分かりのように、ダブルブレステッドとは本来右前にも左前にもボタンを掛けてキチッとお召しになれるべきものなのです。かと言って現在街中でそのように着用することもありませんが、そのためには上前にも下前にもすべての穴かがりが施されてなければなりません。左脇の下から伸びた帯状の裏地の先に右身頃の奥に付けられたボタンを掛ける日本式ダブルを“着やすい”として日本人独特の工夫の賜物とするか、“それはダブルブレステッドではない”と言ったある英国人の意見に軍配を揚げるか、皆様はどうお考えでしょうか。

 

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